新宿 K’s cinema にて2023年9月23日より上映、全国でも順次公開される映画 「草原に抱かれて」。内モンゴル自治区が舞台の本作を、同じく内モンゴル自治区出身の馬頭琴奏者 セーンジャーと共に試写会にて鑑賞。セーンジャー氏のコメントも交えてレポートする。
Contents
映画「草原に抱かれて」
映画「草原に抱かれて」予告編
2022年東京国際映画祭で「へその緒」というタイトルで上映、世界各地の映画祭でも話題となった映画「草原に抱かれて」。
認知症を患う母を兄から引き取り、故郷の草原で一緒に暮らし始めたミュージシャンのアルスは、徘徊を防ぐため母と自分自身の身体を太いロープで結ぶ。
あたかも「へその緒」で繋がったかのような2人は、母の「思い出の木」を探す為、広大で荒涼とした草原の旅に出る…。
内モンゴル自治区の魅力豊かな大自然を背景に、母と子の関係を描いた本作は、内モンゴル自治区出身で、フランスで映画を学んだチャオ・スーシュエ監督(1990年生まれ)のデビュー作である。
- 作品情報
2022 年 / 中国 / モンゴル語 / カラー / 96 分
英題 : The Cord of Life
原題:Qi dai(脐带)
東京国際映画祭 2022
上映邦題「へその緒」 - 特設サイト
http://www.pan-dora.co.jp/sougen/
本作の試写会に、同じく内モンゴル自治区出身の馬頭琴奏者 セーンジャーと共にOnigiri Mediaは参加。セーンジャー氏のコメントも交えて、映画「草原に抱かれて」の魅力をご紹介する。
馬頭琴奏者
セーンジャー プロフィール
内モンゴル自治区出身。内モンゴル芸術学院卒業後、2000年来日。
2003年にアルバム「-Dream-」で脚光を浴び、馬頭琴ブームの火付け役になる。活動は幅広く、ジャンルを超えたトップ・アーティストたちとのコラボレーションにも積極的に取り組み、演奏活動に加え、TV番組、映画、舞台音楽のテーマ曲などの演奏、作曲を手掛ける。
代表的な演奏作品は日本/モンゴル合作映画「蒼き狼地果て海尽きるまで」において、馬頭琴演奏で劇中曲を担当、NHK『ほっと@アジア』エンディングテーマ、フジテレビ『踊る大捜査線 THE LAST TV』に出演、TVアニメ「アンゴルモア元寇合戦記」の劇伴にて演奏他、2020年全国小学校向け国語のデジタル教科でも馬頭琴を演奏。
2022年 監督として映画「草加煎餅物語」を制作。
馬頭琴奏者として、日本・モンゴル・中国において馬頭琴やモンゴル文化の認知度向上・普及活動の為、教育機関を中心に講演及び馬頭琴の演奏活動を実施。後進の指導にも力を注いでいる。
SENJIYA馬頭琴芸術協会主宰。モンゴル国馬頭琴協会理事、モンゴル国国立馬頭琴交響楽団理事、北方少数民族音楽文化研究会常務理事、国際交流協会アジアの風常務理事。2022年4月より東京富士大学 経営学部 イベントプロデュース学科の准教授も務める。
Website
http://www.senjiya.net/
2023年9月10日 草加市文化会館にて、コンサート「モンゴルの響き 馬頭琴の調べ スーホの白い馬」を開催。
映画「草原に抱かれて」
試写会レポート
http://www.pan-dora.co.jp/sougen/
中国北部にある内モンゴル自治区は、ウランバートルが首都のモンゴル国に隣接するエリアにあり、面積は1,183,000 km²と中国で3番目に大きい行政区画で、中国総国土の12%を占めている。
内モンゴル自治区は東西に長く、地理的に東区と西区に分かれており、映画「草原に抱かれて」の舞台となったフルンボイル市(呼倫貝爾市)は北東部に位置する。
※東部は中国東北部(旧満洲)に含まれることが多い。
Wikipediaからの画像
赤のエリアがフルンボイル市
オレンジが内モンゴル自治区
黄色が中国
このフルンボイル市の名前は、地区に含まれる湖・フルン湖(呼倫湖)とボイル湖(貝爾湖)に因むとのこと。
映画でも、湖や川が印象的な景色として登場する。
馬頭琴奏者 セーンジャー氏も、以前NHK BSの番組「ほっと@アジア」でフルンボイル市を紹介した事があると言う。
しかし、川や湖はセーンジャー氏の出身地である内モンゴル東南部 ホルチン草原(科爾沁草原)などでは、珍しい景色であるとのこと。
これは 大興安嶺山脈 がフルンボイル市域を南北に走っている為であり、川や湖以外に森なども同市域に点在している。
草原だけではない、これらの景色は映画にも登場しており、印象的なシーンを作り出している。
また本作のセリフにも登場する、モンゴル文化の特徴的な唱法「ホーミー(喉歌)」も、内モンゴル自治区では主に北東部地区で歌われると、セーンジャー氏は話していた。
なお、馬頭琴は地域に関わらずモンゴル民族全体で弾かれている楽器(セーンジャー談)だそう。
※モンゴル民族は、中国内モンゴル自治区、モンゴル国、ロシアなどにも住んでいます。
※馬頭琴は、2003年ユネスコの「人類の口承及び無形遺産の傑作の宣言」において傑作の宣言を受け、2009年9月 第1回登録で正式に無形文化遺産に登録されました。
馬頭琴×デジタル音楽
映画「草原に抱かれて」で 息子 アルスを演じるのは、本作が映画初主演で、シンガーソングライター、馬頭琴奏者、ホーミー・アーティストとして活躍するイデル(Yider / 伊德尔)。
映画内でも、電子楽器(キーボード等)と馬頭琴をあわせた音楽や、馬頭琴演奏を披露している。
これについてセーンジャー氏は「最近はインターネット経由で、様々な情報が簡単に手に入る。音楽も同様で世界中の様々な音楽を聴く機会が以前よりは増えているし、そう言う音楽と伝統楽器のミックスも珍しくはない。日本では三味線や箏などの和楽器奏者がポップ・ミュージックやロック等を演奏しているけど、そう言う感覚に近いかな。」と話していた。
映画の終盤シーンで、伝統的な馬頭琴演奏も披露するイデルは、北京の中央民族大学音楽院を卒業している。そう言った背景も彼の現在の音楽に影響を与えているのだろう。
また内モンゴルだけでは無いが、ライブハウスやクラブは若者達に人気のスポットとのこと。冷静に考えれば当たり前の話ではあるが、ちょっと意外な気がしてしまうのは筆者だけではないと思う。
馬が一頭も出てこない
モンゴル文化と言えば「馬」と言う印象の人も多いだろう。
しかし、ヒツジは出てくるが(都会で生活するアルスを象徴する、少し笑ってしまうシーンなので要チェック)映画「草原に抱かれて」に馬は一頭も出てこない。
馬に変わって、バイクやクルマ、そしてドローン等も登場する。
これは現代の内モンゴルの状況を反映すると共に、認知症である母親の記憶の中にある過去の内モンゴルとの対比を、監督が狙ったのだろう。
セーンジャー氏いわく「実際には、馬もまだ活躍しているよ」とのこと。
またアルスが母親と、彼女の思い出の木を探す旅のシーンでは、風力発電の為の大きな風車が出てくるが、これは現在の内モンゴルでは、どこでも当たり前の風景とセーンジャー氏は話していた。
ダウル族
本作で監督を務めたチャオ・スーシュエは、中国で公式に認められた56の少数民族の1つであるダウル族のモンゴル人とのこと。
認知症を患う母親が見る、過去の幻影に登場する人々が着る民族衣装は、ダウル族の衣装を反映しているとセーンジャー氏が教えてくれた。
また映画終盤に出てくる祭のシーンで、母親が祈りを捧げる場所はオボーと呼ばれる「神様が宿る場所」で、日本で言うところの町中にある神社の様なものとのこと。
これはダウル族特有ではなく、モンゴル民族の住むエリアでは よく見られるとのことだった。
過去と現在
セーンジャー コメント
映画「草原に抱かれて」を見て、暫く帰っていない内モンゴルに帰りたくなってしまいました。
セーンジャー(賽音吉雅)
映画の中で、アルスと母親の住む家に車が突っ込んで壁を壊してしまうシーンがありますが、車ではないけれど、酔っぱらった人が馬に乗って家に突っ込むことは、実は内モンゴルではよくある事です(苦笑)
内モンゴル出身の監督だけに、風景だけではなく、そう言った内モンゴルの「あるある」エピソードやリアリティが、本作には反映されていると思いました。
「認知症の母親と その面倒を見る家族」と言う、内モンゴルだけではなく多くの国々、特に「老いた親の面倒は子供が見るのが当たり前」と言う文化の国々の人々が、共通して抱える問題が大きなテーマなので、共感もしやすく、同時に内モンゴルやモンゴル文化の素晴らしさも楽しめる作品だと思います。
馬頭琴が「過去と現在を繫ぐシンボル」の様な位置づけで登場しますが、これは馬頭琴奏者として嬉しかったですし、過去に生きる母親と今を生きる若者たちの対比や、失われていくものへのノスタルジィ、エモーショナルかつ未来を感じさせてくれるエンディングも素晴らしかったです。
この作品を通じて、内モンゴルやモンゴル文化に興味を持ってくれる人が、更に増えてくれると良いな…と思っています。
映画「草原に抱かれて」は、新宿 K’s cinema にて2023年9月23日より上映、全国でも順次公開される。
特設サイト
http://www.pan-dora.co.jp/sougen/
トークイベント
2023年9月21日追記
映画「草原に抱かれて」新宿 K’s cinema 公開初日の9月23日、上映後に行われるトークイベントに馬頭琴奏者セーンジャー氏が出演する。
翌日9月24日には、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所准教授 山越康裕氏が出演予定とのこと。
詳しくは映画サイト または K’s cinema にてチェック頂きたい。