小林幸子が大トリで降臨 豪華12組アーティストが 「明治チョコレートのテーマ」を歌い継ぐ「Melody of meiji」
「明治ミルクチョコレート」99周年特別企画「明治チョコレートのテーマ」を総勢12組の豪華アーティストが歌い継ぐ「Melody of meiji」の大トリで小林幸子が降臨。彼女が歌う動画が2026年8月13日、特設サイト他にて公開。特別インタビューも公開された。
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Melody of meiji
「明治ミルクチョコレート」の発売開始99周年を記念して、2025年9月13日より特設サイトにてスタートした「Melody of meiji」は、総勢12組の豪華アーティストが「明治チョコレートのテーマ」を歌い継ぐ企画。
- 「Melody of meiji」特設サイト
https://www.meiji.co.jp/products/brand/mchoco/anniversary/melodyofmeiji/ - 「明治ミルクチョコレート 99周年」特設サイト
https://www.meiji.co.jp/products/brand/mchoco/anniversary/
2026年に迎える発売100周年に向けて、「チョコレートは明治♪」でおなじみ いずみたく作曲の「明治チョコレートのテーマ」を、世代を超えた豪華12組のアーティストが歌い継ぐ動画を、毎月1本ずつ特設サイト上で公開。
中森明菜、五木ひろし、TOSHI-LOW、FRUITS ZIPPER、こっちのけんと、森高千里、新浜レオン、藤あや子、イルカ、EGO-WRAPPIN’中納良恵、大黒摩季がリレーを繋いできた。
小林幸子 with
Melody of meiji
そして12組目の大トリとして、「ラスボス」の愛称でもおなじみの小林幸子が登場。
ご自身が「明治ミルクチョコレート」の金色と茶色のパッケージをイメージして選んだというゴージャスな衣装。ラストにふさわしい、煌びやかなスタジオをバックに披露される圧倒的な歌唱力と豊かな表現力による動画が、2026年8月13日 特設サイト他にて公開された。
「Melody of meiji」特設サイト
https://www.meiji.co.jp/products/brand/mchoco/anniversary/melodyofmeiji/
小林幸子
未公開コメント /
特別インタビュー

本編未公開コメント
――「明治ミルクチョコレート」を初めて食べたのは何歳でしたか?
初めて食べたのは、多分小学校1年生の時だったと思うんですけど、遠足用に母に買ってもらいました。正直に言って、しょっちゅう買ってもらえる商品ではなくて、何か記念の時でないと買ってもらえない特別なものでした。
それで遠足の2日前に母に買ってもらって。(嬉しくてすぐに食べずに)飾って、じーっと見ていた思い出がありましたね。その時はとても嬉しかったです。今も忘れられないです。特別なんですよ、この明治のミルクチョコレートは。そうしょっちゅうは食べられないからって言って、噛み締めながら食べてましたね。
当時、包装紙をパリパリってめくって、かじるコマーシャルとかあったじゃないですか。いいなと思ってね。やりたかったんだけど、もったいなくてできませんでした(笑)。

――どんな時に「明治ミルクチョコレート」を食べたいですか?
最初に母に買ってもらったあのミルクチョコレート、遠足の時のあの気持ちは忘れられなかったです。でも、今は大人になったので、ワインのお供でしょうか。
「おつまみ」って言葉ではなく、「お供」って感じ。1個1個、左斜めを向いて、上品に食べる感じ。すごくおしゃれだから。ワインにはもちろんのことなんですが、
昔ニューヨークに初めて行った時に、ホテルの本当に高層ビルのバーで、バーボンを飲んだんですよ。そうしたら、多分サービスだったと思うんですけど、「どうぞ」ってボーイさんが持ってきてくださったのが、チョコレートだったんです。それが合いまして。お酒の話ばかりで、すみません(笑)。お酒に合いますよ。本当に最高です。
――チョコレートを食べると、思い出す風景はありますか?
私は生まれが新潟でして、新潟って細長い県なんです。だから日本海に面しているんですけど、子どもの頃は学校にプールがなくて、水泳の時間は日本海で泳いでいました。
それが終わってから、誰かが持ってきてくれたチョコレートを食べた時は、遠足と同じくらい嬉しかったですね。子どもの頃の憧れは、いくつになっても憧れ。忘れないですよね。
「明治ミルクチョコレート」は憧れです。子どもの頃に抱いた感情って、大人になってからも変わらないです。だから、「ガブっ」じゃなくて、1個1個大切に食べるっていう気持ちは今でも変わらないですね。
――「明治チョコレートのテーマ」に関する思い出はありますか?
子どもの頃、初めてCMソングを聞いた時に「おしゃれだな」と思いましたね。それとメロディーがすごく分かりやすいですよね。あっという間に覚えられる。
今回出演のお話をいただいた時に譜面をいただいたのですが、譜面なんか全然いらないし、すぐに歌えました。
特別インタビュー

――100周年に向けて1年間リレーを繋げてきた99周年企画の大トリを務めていただきました。収録の感想や注目のポイントを教えてください。
国民の誰もが知っている、「明治ミルクチョコレート」。私も子どもの頃から知っています。そういった意味で、一番最後の出演者として、大トリをさせてもらえるのは大変嬉しく思います。
スタッフには、「明治ミルクチョコレート」愛に溢れてる人たちが集結してるなと思いました。
――衣装のこだわりはありますか?
「明治ミルクチョコレート」と包装紙の色は分かりますか?「ゴールド」と「茶色」です。この衣装も「ゴールド」と「茶色」。これ(着用衣装)が全部、「明治ミルクチョコレート」です(笑)。どこから食べても、ミルクチョコです!っていう感じ(笑)?
衣装を、当初「どうしようかな?」と思って。でも、「せっかくだったら、これにしようかな」と言ったら、みんな喜んでくれて。「じゃあぜひ、それでお願いします」ってことで、持ってまいりました。
(頭飾りは)結構重たいですけど、私の中では割と軽い方です。重たいものになりますと、お辞儀ができないです。それくらい重たくて、重心をとっていないと、もう全然。そういったものもあります。(この衣装姿は)「明治ミルクチョコレート」、そのものです。歩く「明治ミルクチョコレート」、歌う「明治ミルクチョコレート」(笑)。

――今日からお盆です。お盆や夏の思い出があれば教えてください。
新潟出身なんですけど、ご存知のように日本海に面していて、本当に日本で一番長い県(の1つ)なんですよ。細長ーい県で、西側が全部海。だからほとんど海で遊んでいましたね。
遠浅でずっと行けども行けども浜辺で、そこでみんなで遊んで。子どもの頃の遊び場は海の浜辺でしたね。昔の時代ですから、サーフィンや何かがあるわけでもなくて…ただパチャパチャパチャパチャ、子どもたちとみんなで一緒に泳いでいました。
あと、夕日がすごく綺麗なの。日本海に沈む夕日が綺麗で、今はデートスポットみたいでね。そこで愛を語ると、一生2人は愛し合うことができるみたいなスポットがありますけど、本当に夕日は綺麗ですよ。ぜひおすすめしたいところです。
――夏休みもまもなく終盤戦です。もし自由に夏休みがとれるなら、行きたい場所ややりたいことはありますか?
スキューバダイビングをやりたいですね。最近は行けていなくて…。皆さん驚くんですよ、私がスキューバダイビングをやるって言うと。唯一、私の趣味がスキューバダイビングなんです。もちろん、こんな格好(豪華な衣装)では潜りませんよ。ちゃんとウェットスーツを着ますけど(笑)。
生まれて初めての趣味。それまで趣味は全くなかったんですよ。それで、人に勧められてシュノーケリングを沖縄の海でやったら、「あらまあ、竜宮城ってこの世の中にあるんだ」って思ったのがきっかけで。
でも「ライセンスを取らないと、いいポイントには行けない」って言われて。ライセンスを取りに行きましたよ。(ライセンスを取るのは)自動車免許を取ったぶりくらい。久しぶりに勉強して取りに行きました。スキューバの免許を取って、人生観変わりましたね。
――健康の秘訣はありますか?
健康以前にね、ストレスは人間として一番あってはならないもの。取りたいものはストレスです。ストレスさえなくなってくれたら、本当に元気な「何かをやろう」っていう意欲も湧いてくると思うんですね。
それから、自分の体に感謝をする。人に感謝する、仕事に感謝する、上司に感謝する、お世話になった人に感謝する、それはもちろん大事なんだけど、最後は自分自身に感謝して。
今元気でいる自分の体に「ありがとう」って言う。肘とか、膝とかね。本当に、足に「ありがとうね」って言ってあげると効くのよ。
――99年変わらぬやさしさを届け続けている「明治ミルクチョコレート」にちなみ、長い芸能生活の中で変わらず続けていることやルーティンはありますか?
自分の体は自分で守るということかな。病気になる前に、「未病」の状態にしておかないといけないんですけどね、なにしろ私、検査しに行く病院がいっぱいあるの(笑)。しょっちゅう検査に行くの。本当に「検査フェチ」って言われてるくらいなんですけど。
でもこれは大事なことだと思う。みんな人間、若いから大丈夫と思ってしまうけど、若いから逆に気をつけなくてはいけないことが沢山あるから。だから、なにかあったらまず病院に行く。病院に行って「こういう状態です」って(医者に話を)聞く。風邪でも、何でも。
事前に診てもらったら楽になるから、それは絶対やっておく必要があると思いましたね。本当によく病院に行きますよ。「また来たんですか、小林さん」とか先生に言われちゃって。「どうしたんですか?」って聞かれたら「MRI撮ってください」とか(笑)。「こないだ撮ったばっかりだけど、まあ、やりますか?」って言われて。そんな頻度で行くから、病院の先生に嫌がられるくらい。
でも、検査して「ほら何にもなかったでしょ」って言われても、安心するから。それがストレスをなくしていくことだと思います。
――時代に合わせて常に新しいことに挑戦し、進化し続けている小林さんですが、その柔軟さの原動力は何ですか?
うちのスタッフもみんな面白がって「やりましょう、やりましょう」と言って、断らないタイプなんで(笑)。何でもすぐやっちゃうんですけど、それはとっても楽しいですね。
私、いつも思うんですけど、好きな言葉ってどんどん変わっていくじゃないですか。例えば、座右の銘とか。今好きな言葉が新しく1つ増えて。「長いものには巻かれろ」って言葉がありますけど、それは違う。「“若い”ものには巻かれろ」。
一回、若いものに巻かれてごらん。若い子たちが何を考えているのか眉をひそめるのではなく、もう一歩先の「なんでそれが面白いの?」ということを聞くと、教えてくれるの。それを「分かんないけど、やってみようかな」と思ってやると、意外と面白いことがいっぱいあるんですよ。
例えばパソコンもできないんだけど、1つ分かったことだけでもやってみると、意外に面白いじゃない?だから、「やってみよう」って。新しく拓けていくことってあると思うから、本当によくみんなに聞きます。聞くのは恥ずかしいことではないから。ググるのもいいけど、「聞く」っていいですよ、コミュニケーションもとれるので。
小林幸子 プロフィール

1953年12月5日生まれ。新潟県出身。
1964年、10歳で「ウソツキ鴎」でデビュー。1979年「おもいで酒」が200万枚突破の大ヒットとなり、日本レコード大賞最優秀歌唱賞をはじめ数々の賞を受賞。NHK「紅白歌合戦」には通算34回出場。2020年には文化庁長官表彰を受賞した。
2024年に芸能生活60周年を迎え、記念公演を成功させるなど、長年にわたり歌謡界を牽引している。現在は歌手活動に留まらず、舞台、テレビドラマ、声優、バラエティ、CMなど多方面で活躍。
また、新潟観光大使や台湾観光親善大使を務めるなど多岐にわたる活動を展開しており、近年はニコニコ動画やSNSなどを通じて「ラスボス」の愛称で親しまれ、若い世代からも支持を集めている。
明治ミルクチョコレート
99周年について

「明治ミルクチョコレート」は、1926年9月13日(大正15年)に発売開始し、2025年9月で99周年を迎えました。
創業時は、さまざまな国の文化が日本に入り、チョコレートがようやく人々の手に届くようになった時代でした。1936年から昭和の時代には、包み紙の裏に点数を印刷し、100点分を集めるとお菓子屋さんで他商品と交換できる仕組みを作りました。
戦時中は一時発売中止となりましたが、終戦後の1951年には「みんなの希望となるように」という願いを込めて、見ると元気が出るような、華やかな赤色のパッケージで再び登場を果たします。
日本でのテレビ放送が始まり、1966年に「明治ミルクチョコレート」のCMが放映され、ここで初めて、「チョコレート、チョコレート、チョコレートは明治♪」のメロディーが流れました。
発売時の価格は手が出しづらい高価なお菓子でしたが、CMが放映された1966年頃には比較的お手頃な値段で流通し、より多くの方に手に取っていただける商品になりました。
発売から50年を迎える1970年頃には、バレンタインデーが定着してきたと言われています。そして2009年、当社のブランドマークが変わり、43年間続いた「明治ミルクチョコレート」のパッケージも新しくなりました。
大正、昭和、平成、令和。時代がどれだけ変わっても、変わらないものがあります。それは、一枚のチョコレートが割られる時、そこには、やさしさが生まれているということ。
あげる人がいて、もらう人がいて、笑顔が生まれているということ。「明治ミルクチョコレート」の99年は、そんな、やさしさのそばにあるやさしさを届け続けた99年。
これからも、私たちは、感謝の気持ちを忘れずに、時代を超えて、世代を超えて、このやさしさのバトンを受け継いでいきます。
変わらずにいさせてくれて、ありがとう。変わらずに愛してくれて、ありがとう。
日本のやさしさと99年。明治ミルクチョコレート
「明治ミルクチョコレート 99周年」特設サイト
https://www.meiji.co.jp/products/brand/mchoco/anniversary/



