2016年から毎年、草加市文化会館にて開催されている邦楽フェスティバル「日本の響…草加の陣」。第5回目の今年は、10月3日に新型コロナウイルス感染拡大防止を施された上で開催された。
不測の事態となった2020年だが、日本を代表する様々なジャンルの邦楽奏者達は、コロナ禍をものともせず、至芸を披露。本記事では、その様子をレポートする。
Contents
日本の響…草加の陣2020 とは
日光街道・江戸から2つ目の宿場町草加として栄えた草加市にふさわしい邦楽のコンサートを、と言う意図のもと草加市文化協会が2016年に企画。
プロデュースを「倍音」を自在に操る超絶技巧で、世界から絶賛を受ける尺八奏者・中村明一氏に依頼。
以降、邦楽界を代表する、様々なスタイル、ジャンルの豪華アーティスト達が出演をしている他に類を見ない邦楽フェスティバルが「日本の響…草加の陣」だ。
5回目の開催となる今年の出演者は、2000年に開催された津軽三味線全国大会歴代A級チャンピオン山田千里杯争奪戦で、圧倒的テクニックにより初代グランドチャンピオンとなった三味線奏者の木乃下真市氏。
尺八奏者・中村明一氏が率いる国際色豊かなバンドFOREST。
声量の豊かさと優れた人物描写において、最高峰の義太夫語りと称される、女流義太夫 人間国宝 竹本駒之助氏。
国内はもとより海外でも人気を博す太鼓芸能集団「鼓童」と「TAKiOのソーラン節」の生みの親でもある民謡歌手・伊藤多喜雄とスペシャル・コラボ・パフォーマンスと言う、多彩な顔ぶれとなった。
司会は長唄杵勝会の名取として「杵屋勝之邦(きねやかつのぶくに)」の名を襲名している山田邦子氏と、邦楽ジャーナル編集長・田中隆文氏。
2人の軽妙かつ「なるほどぉ」と思わず言ってしまう邦楽情報満載なやり取りが、ステージに華を添えた。
https://onigirimedia.com/2020/08/27/nihonnohibiki2020-october/
当日は、新型コロナウイルス感染拡大防止の為、ソーシャルディスタンスを確保した座席配置はもちろん、入り口では検温や手指消毒も実施された。
All photos by Kaoriko “ossie” Hanawa
木乃下真市(津軽三味線)
「日本の響…草加の陣」の幕開け、最初の登場したのは津軽三味線奏者の木乃下真市氏。共演の松橋礼香氏と共に、1曲目に演奏したのはオリジナル曲の「SHI-BU-KI」。
会場全体に鳴り響く、津軽三味線の力強い響。
続いて秋田民謡の「秋田荷方節」と青森県民謡の「十三の砂山~津軽あいや節~津軽甚句」が披露された後、青森県民謡でもあり、津軽三味線の代名詞とも言える曲「津軽じょんがら節」が演奏された。
木乃下氏の圧倒的テクニックが十二分に発揮された「津軽じょんがら節」には、会場から大きな拍手が沸き起こった。
なお、木乃下氏は2020年11月14日・15日に、草加市文化会館で開催される国際ハープフェスティバル2020に、特別ゲストとして11月14日出演する。
詳細は草加市文化会館Websiteにてご確認下さい。
https://soka-bunka.jp/harpfestival/
木乃下真市Website
http://www.kinoshitashinichi.com/shinichi/
木乃下真市・10月3日演奏曲目
- SHI-BU-KI(作曲:木乃下真市)
- 秋田荷方節(秋田民謡)
- 十三の砂山~津軽あいや節~津軽甚句(青森民謡)
- 津軽じょんがら節(青森民謡)
FOREST
次に登場したのは、バンド・FOREST。最初に演奏されたのはバンドを率いる尺八奏者・中村明一氏による虚無僧曲の「鶴の巣籠」。続いて披露されたのは、FOREST楽曲の「M.F.」だった。
1990年に結成されたFORESTは、プグレッシブ・ロック、エスニック・ミュージック、フリージャズなどのテイストを持ち合わせつつ、世界で唯一のサウンドを創造するバンドだ。
この日の演奏メンバーは以下の通り。
- 中村明一(尺八)
- 山本亜美(二十五絃事)
- 道下和彦(ギター)
- 吉田 潔(キーボード)
- デレック・ショート(ベース)
- 佐藤正治(ドラムス)
中村明一氏による大変わかりやすい尺八の演奏についての紹介や、ゲストボーカリスト ビオリカ・ロゾブさんの出身であるモルドバ共和国の紹介なども挟みつつ、3曲目に演奏されたのは、山頭火の詩に中村明一氏が曲をつけた「Close Your Eyes」。
13ヶ国語をカバーするビオリカさんによる、美しい日本語歌唱が印象的だった。
4曲目の「不思議の森の物語」は、中村氏によると「アフリカのサウンドで、都はるみさんが歌ったら?」と言うアイディアから生まれた楽曲との事。
ユニークなリズムと巧みな演奏、そしてビオリカさんと箏の山本亜美さんによるコーラスも美しかった。
FORESTのステージはルーマニア民謡の「Paparuda」、そして中村氏作詞・作曲による「Luna」の全6曲にて幕を閉じた。
中村明一Website
https://akikazu.jp/
FOREST・10月3日演奏曲目
- 鶴の巣籠(虚無僧曲)
- M.F.(作曲:中村明一)
- Close Your Eyes(作詞:山頭火・作曲:中村明一)
- 不思議の森の物語(作詞:Steve Pang・作曲:中村明一)
- Paparuda(ルーマニア民謡)
- Luna(作詞/作曲:中村明一)
竹本駒之助
休憩を挟み、第二部は女流義太夫で人間国宝の竹本駒之助氏による「恋女房染分手綱」より「重の井子別れの段」が披露された。
拍子木の響に続き「東西東西(とざいとうざい)」の声と共に、幕が上がる。
今回の演目「重の井子別れの段」は、歌舞伎等でも上演される人気作品で、丹波国の城主由留木 (ゆるぎ) 家の娘・調姫の乳母である「重の井」が、わけあって手放した子供「三吉」と偶然再会。しかし手放した理由とお家の名誉の為、「重の井」は母を慕い寄る「三吉」を子と認めず、再び別れると言った悲しい情景を描いている。
声量の豊かさと優れた人物描写において、最高峰の義太夫語りと称される女流義太夫で人間国宝の竹本駒之助氏とあって、母を慕う子の心情、子を認めたくても認められない辛い母の心情が、ありありと描き出される舞台となった。
舞台終了後、三味線を務めた鶴澤津賀花氏に、司会の山田邦子さん・田中隆文さん(邦楽ジャーナル編集長)から、三味線の種類についての質問があり、バチも含め詳細に答えてくれた。
また演台の上で、座布団一枚のみで演じる理由は、布等を敷くと声が吸収されてしまうのでそれを避ける為と、いかに浄瑠璃が繊細な気遣いによって成り立っているかも教えてくれた。
竹本駒之助・10月3日演目
- 「恋女房染分手綱」より「重の井子別れの段」
鼓童 / 伊藤多喜雄
力強い太鼓の響と、伊藤多喜雄氏の歌声で会場の空気がビリビリと震える。北海道民謡の「沖揚げ道南節」で幕を開けた鼓童と伊藤氏とのコラボ・ステージは、最初から迫力たっぷりだった。
続いては、担ぎ桶太鼓と華やかな鳴り物が登場し、明るくエネルギッシュな「韋駄天」が演奏された。
ステージは一転して、笛の音に合わせ静かな世界へ… 鼓童創設メンバーで名誉団員もある小島千絵子氏が編み笠をかぶり、秋田県羽後町西馬音内に伝わる盆踊りを題材とした「西馬音内」を、優雅に舞った。
小島千絵子氏の華麗な舞は、伊藤多喜雄氏と鼓童による「木曽節」の後に演奏された「花八丈」でも披露。
この曲で小島氏は、太鼓演奏も行った。
「花八丈」、そして伊藤多喜雄氏の歌唱による北海道民謡の「江差追分」に続いて、ステージに登場したのは大太鼓。その圧倒的な大きさに圧倒される。
伊藤多喜雄氏が「命をさらけ出しながら、またそれを拾いながら叩く」と称した見留知弘氏の大太鼓の演奏は、音色、迫力共に正に圧巻の一言だった。
伊藤多喜雄氏は通常、鼓童に歌を教えており、その付き合いは16年にも及ぶと言う。伊藤氏に、鼓童に歌を教える事を依頼したのは、故・永六輔氏。
(鼓童と故・永六輔氏との関係については、コチラに詳細が掲載されています。)
「歌が下手だと、太鼓も下手」と言う永六輔さんの言葉により、16年前、歌を教えに冬の佐渡に向かった伊藤氏だったが、荒れる海を船で渡るのは本当に大変で「もう二度と行くものか」と思ったとか。それでも気が付けば16年が経ってしまった、と伊藤氏は笑いながら話していた。
しかし、そんな長い付き合いがあるにも関わらず、ステージにてコラボ・パフォーマンスを披露するのは、今回が初との事。
そんな事を微塵も感じさせない息の合い方は、やはり長きに渡る信頼関係があるからだろう。
最後に演奏された「帆柱起こし音頭・TAKiOのソーラン節」でも、息のピッタリと合った演奏を披露し、会場を大いに沸かせてくれた。
鼓童出演メンバー:小島千絵子、見留知弘、池永レオ遼太郎、三枝晴太、平田裕貴、山脇千栄 ・ 鼓童ステージ演出:三枝晴太
鼓童Website
https://www.kodo.or.jp
伊藤多喜雄Website
http://takiopro.com/top.html
鼓童/伊藤多喜雄・10月3日演奏曲目
- 沖揚げ道南節(北海道民謡)
- 韋駄天(作曲:内藤哲郎)
- 西馬音内(鼓童編曲)
- 木曽節(長野県民謡)
- 花八丈(作調:小島千絵子)
- 江差追分(北海道民謡)
- 大太鼓(鼓童編曲)
- 帆柱起こし音頭・TAKiOのソーラン節(富山県民謡・北海道民謡)
フィナーレ
「日本の響…草加の陣2020」最後に民謡歌手・會澤あゆみ氏、そして司会の山田邦子氏、田中隆文氏も一緒に、出演者全員で演奏されたのは、中村明一氏が同イベントの為に作詞/作曲したオリジナル楽曲の「空-sola-」。
本来であれば、会場全体で歌い盛り上がる楽曲ではあるが、今年はコロナ禍の為、観客の方々にはそれぞれの心の中で歌ってもらう事とし、演奏された。
歌詞にある「みんなで克服、みんなで四苦八苦、何処にいても、どんな時も、上を見て」が、こんなに心に響く年もないのではないだろうか。
明るい旋律と、賑やかなリズムに彩られた「空は青く、空は遠く、何処にいても、思いは遥か、夢の世界、心は一つ」と言う歌声が、会場全体の想いを代弁している様に聞こえた。
こうして第5回目となる「日本の響…草加の陣」は、華やかに幕を閉じた。「日本の響」は今年の開催を一区切りとしているとの事。
ぜひ和の文化を継承し、多くの人がその卓越した至芸に触れるこの様なフェスティバルが来年以降も開催される事を期待、そして、その時は大きな声で「心は一つ」と会場全体で歌える事を心より願っている。
Text by Tomoko Davies-Tanaka
Photo by Kaoriko “ossie” Hanawa